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171 バイト追加 、 2018年3月18日 (日) 20:36
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**原作おいて根源に到達した後に帰ってくるつもりとは書かれておらず、言峰璃正が死んだことで自分も志し半ばで倒れることも有り得るのではないか?という不安による「もし仮にこれが凛と語らう最後の機会だとしたら?」という文などからの推測である。根源到達して帰ってくるつもり以外にも聖杯戦争を勝ち抜き自分のサーヴァントも含めて全て小聖杯に回収させた後から大聖杯による根源への儀式までの間に凛や葵に会って語らうつもりがあった可能性などが考えられる。
 
**原作おいて根源に到達した後に帰ってくるつもりとは書かれておらず、言峰璃正が死んだことで自分も志し半ばで倒れることも有り得るのではないか?という不安による「もし仮にこれが凛と語らう最後の機会だとしたら?」という文などからの推測である。根源到達して帰ってくるつもり以外にも聖杯戦争を勝ち抜き自分のサーヴァントも含めて全て小聖杯に回収させた後から大聖杯による根源への儀式までの間に凛や葵に会って語らうつもりがあった可能性などが考えられる。
 
*娘の凛が「クォーターである」と明言されているため、その父親である時臣にはハーフである可能性がある。
 
*娘の凛が「クォーターである」と明言されているため、その父親である時臣にはハーフである可能性がある。
**魔術はドイツ系のはずなのにフィンランド系であるガンドが伝わっている事から、エーデルフェルトの双子の片方が時臣の母親ではないか?という説が長らく囁かれてきたが、花札で「遠縁」と明言されたことでむしろ可能性は低くなった。さすがに、母方の実家を遠縁とは表現しないだろう。
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**魔術はドイツ系のはずなのにフィンランド系であるガンドが伝わっている事から、エーデルフェルトの双子の片方が時臣の母親ではないか?という説が長らく囁かれてきたが、花札で「遠縁」と明言されたことでむしろ可能性は低くなった。さすがに、母方の実家を遠縁とは表現しないだろう。遠坂家は向こうから目の敵にされているため、それに対する嫌味や皮肉として遠縁呼ばわりしている可能性も否定できないが…。
 
*時臣が葵へ求婚したのは[[間桐臓硯]]と同じく禅城の母体を求めたが故であり、やはりその本質はどこまでも魔術師である。だが家族への愛は普通に持っており、妻子との関係は良好だったと思われる。
 
*時臣が葵へ求婚したのは[[間桐臓硯]]と同じく禅城の母体を求めたが故であり、やはりその本質はどこまでも魔術師である。だが家族への愛は普通に持っており、妻子との関係は良好だったと思われる。
 
**葵の実家に立ち寄った際に凛の行く末を案じたり、その眼差しが誇らしく励まされたりしていた。葵と目が合った際には信頼と激励を送られ謝意と保証を込めた目礼を返している。そしてこのとき初めて娘の頭を撫でて、凛を驚かせた。時臣もどれくらいの力加減なら優しさを示せるか戸惑いながらの行為だった。
 
**葵の実家に立ち寄った際に凛の行く末を案じたり、その眼差しが誇らしく励まされたりしていた。葵と目が合った際には信頼と激励を送られ謝意と保証を込めた目礼を返している。そしてこのとき初めて娘の頭を撫でて、凛を驚かせた。時臣もどれくらいの力加減なら優しさを示せるか戸惑いながらの行為だった。
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**そもそも、予想外に準備期間が短かった第五次は止むを得ないが「聖杯戦争参加者は確実に家が続くように後継者を用意しておく必要がある」ので、時臣は第三次が開催される時期である1940年頃には産まれてないといけない。30歳前後の雁夜とは、容姿はまだしも実年齢と精神年齢は本来親子程も離れており、どう見てもおかしい。
 
**そもそも、予想外に準備期間が短かった第五次は止むを得ないが「聖杯戦争参加者は確実に家が続くように後継者を用意しておく必要がある」ので、時臣は第三次が開催される時期である1940年頃には産まれてないといけない。30歳前後の雁夜とは、容姿はまだしも実年齢と精神年齢は本来親子程も離れており、どう見てもおかしい。
↑第三次に参加したのは時臣の祖父にあたり、時臣の父親が後継者となっていた(この父と璃正神父との間に友誼が結ばれた)。この時、時臣はまだ産まれていないと考えられる。祖父は第三次で死亡したが父は生き残っており、後に時臣が儲けられた。「第三次が開催される時期である1940年頃には(時臣が)産まれてないといけない」とは、少なくとも、他に考える余地が無く断定された事実、とは決して言えない。。
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↑第三次に参加したのは時臣の祖父にあたり、時臣の父親が後継者となっていた(この父と璃正神父との間に友誼が結ばれた)。この時、時臣はまだ産まれていないと考えられる。祖父は第三次で死亡したが父は生き残っており、後に時臣が儲けられた。「第三次が開催される時期である1940年頃には(時臣が)産まれてないといけない」とは、少なくとも、他に考える余地が無く断定された事実、とは決して言えない。
 
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*PS2版『Fate/stay night』及びTVアニメ版『Fate/stay night』に登場していたキャラクターのキャストが変更されていない『Fate/Zero』のアニメにおいて、唯一キャストが変更されたのが時臣である。これは、TVアニメ版『stay night』で時臣を演じた辻谷耕史氏が声優ではなく音響監督として参加したついでに少ししか喋らない時臣を演じた(正式にキャスティングされたわけではなかった)ことが原因と推測される。
 
*PS2版『Fate/stay night』及びTVアニメ版『Fate/stay night』に登場していたキャラクターのキャストが変更されていない『Fate/Zero』のアニメにおいて、唯一キャストが変更されたのが時臣である。これは、TVアニメ版『stay night』で時臣を演じた辻谷耕史氏が声優ではなく音響監督として参加したついでに少ししか喋らない時臣を演じた(正式にキャスティングされたわけではなかった)ことが原因と推測される。