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== 真名:アルジュナ ==
 
== 真名:アルジュナ ==
 
:アルジュナ。インドのあらゆる英雄達が集う古代叙事詩「マハーバーラタ」の中心に立つ弓の名手。<br>類稀なる実力で戦場での名誉を欲しいままに手にし、『施しの英雄』であるカルナと戦い、これを討ち取った『授かりの英雄』。
 
:アルジュナ。インドのあらゆる英雄達が集う古代叙事詩「マハーバーラタ」の中心に立つ弓の名手。<br>類稀なる実力で戦場での名誉を欲しいままに手にし、『施しの英雄』であるカルナと戦い、これを討ち取った『授かりの英雄』。
   
:クル王の息子、パーンダヴァ五兄弟の三男として生まれた彼は同時に雷神インドラの息子でもあった。
 
:クル王の息子、パーンダヴァ五兄弟の三男として生まれた彼は同時に雷神インドラの息子でもあった。
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:他の追随を許さない器量もさる事ながら清廉な性格、様々な方面で「まさに非の打ち所のない」彼だったが、一人の兄が賭け事に敗北したことによって国を追放されてしまう。<br>この時既に、彼の中でカルナとの戦いが避けられないという予感があった。何しろカルナは、パーンダヴァ五兄弟を宿敵と睨むドゥリーヨダナを父と仰いでいたからだ。
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:他の追随を許さない器量もさる事ながら清廉な性格、様々な方面で「まさに非の打ち所のない」彼だったが、一人の兄が賭け事に敗北したことによって国を追放されてしまう。<br>この時既に、彼の中でカルナとの戦いが避けられないという予感があった。<br>何しろカルナは、パーンダヴァ五兄弟を宿敵と睨むドゥリーヨダナを父と仰いでいたからだ。
 
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:だがそれだけではない。カルナを思う度、鏡に映った己を見るような、寒気がするような感覚に襲われた。<br>そして──まるで何もかも見通すような口調に、さらに怯えた。
:だがそれだけではない。カルナを思う度、鏡に映った己を見るような寒気がする感覚に襲われ、まるで何もかも見通すような口調に、さらに怯えてしまったのだ。
      
:「私の心には、『<ruby>黒<rt>クリシュナ</rt></ruby>』が棲んでいる」
 
:「私の心には、『<ruby>黒<rt>クリシュナ</rt></ruby>』が棲んでいる」
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:兄弟たちだけでなく父も母も、そして民をも愛しているし、愛されている。それなのに、何処かでソレを冷めた目で見ている自分がいる──
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:兄弟たちを、父を、母を、そして民をも愛しているし、愛されている。それなのに、何処かでソレを冷めた目で見ている自分がいる──
 
:カルナは冷徹さの中に、人を信じる温かみがあるが、己は穏やかさの中に、絶望的なまでの諦観がある。
 
:カルナは冷徹さの中に、人を信じる温かみがあるが、己は穏やかさの中に、絶望的なまでの諦観がある。
 
:恐ろしい。己の闇が恐ろしい。
 
:恐ろしい。己の闇が恐ろしい。
:徹底的に己を律した。律して、律して、律し続けた。醜く矮小な感情を、このアルジュナが抱いてはならないのだから。知られては、ならないのだから……
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:『カルナを殺さなければならない』と決意したのはいつからだったか。たぶん、最初にカルナと顔を合わせた時からだろう。<br>それは神々によって定められた運命ではなく、アルジュナが純然たる敵意と共に選んだ<ruby><rb>業</rb><rt>カルマ</rt></ruby>である。<br>たとえソレが間違っていたモノだとしても、やりとげなければならなかったのだ。
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:あの時、声高にカルナを罵る兄弟たちを一言たりとも諫めなかったのは何故か。<br>──己を上回るほどの武術を披露した彼に対して嫉妬したからではないのか?<br>何て醜く矮小な感情だろう。<br>そんなものを、このアルジュナが抱いてはいけない。恵まれて育てられ、戦士として誇り高く生きる己に悪心が存在するなど、あってはならないはずだった。<br>そしてその理由を、カルナが知ってはならない。あの鋭い眼光で己を暴かれたら、自分はきっと間違いなく、恥辱で死に絶えてしまう。
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:徹底的に己を律した。律して、律して、律し続けた。<br>醜く矮小な感情を、戦士に相応しくない絶望感と諦観を、このアルジュナが抱いてはならないのだから。知られては、ならないのだから。<br>己は正しい英雄であらねばならない。だから、この“私”は隠し通さなければ。<br>故に神々は、父は、母は、兄弟たちは、自分を愛してくれたのだ。愛されなければ、己には何の価値もない。
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:そうして迎えた最後の戦い。<br>内通者によってカルナは馬車から落ち、車輪を動かそうともがく彼に対して弓を構えた。<br>それは古代インドでの戦士の道義に反するものであったが、今やらなければカルナを倒せる機会を失ってしまう。<br>何よりカルナも弓を構えて微笑んでいた。無論それはアルジュナへの嘲笑ではなく、ルールを破ってまで己を倒そうとすることへの喜びであったが、アルジュナにはそれがわからなかった。
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:殺さなければならない。<ruby><rb>カルナは私を知っている</rb><rt>・・・・・・・・・・・</rt></ruby>。
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:この瞬間、アルジュナは戦士であることを捨て、ただ戦争を終結させる機械となったのだ。
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:『カルナを殺さなければならない』と決意したのはいつからだったか。たぶん、最初にカルナと顔を合わせた時からだろう。<br>それは神々によって定められた運命ではなく、アルジュナが純然たる敵意と共に選んだ<ruby><rb>業</rb><rt>カルマ</rt></ruby>である。<br>たとえソレが間違っていたモノだとしても、やりとげなければならなかったのだ。<br>もし己の闇を、醜く卑小な感情を、あの鋭い眼光で己を暴かれたら、きっと恥辱で死に絶えてしまうのだから。
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:そして内通者によってカルナは馬車から落ち、車輪を動かそうともがく彼に対して弓を構えた。
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:果たして、アルジュナの弓は太陽を撃ち落とした。
:それは古代インドでの戦士の道義に反するものであったが、今やらなければカルナを倒せる機会を失ってしまう。
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:カルナも弓を構える際に微笑んでいた。無論、それはアルジュナへの嘲笑ではなく、ルールを破ってまで己を倒すことへの喜びであったが、それを彼が知ることはなかった。
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:果たして、アルジュナの弓は太陽を撃ち落とした。
   
:宿敵を討ったことに後悔はない。しかし、戦士としての道義に反してまで宿敵の打倒を成し遂げたにも関わらず、彼は途方もない虚無にとらわれる。
 
:宿敵を討ったことに後悔はない。しかし、戦士としての道義に反してまで宿敵の打倒を成し遂げたにも関わらず、彼は途方もない虚無にとらわれる。
:そこに充足感はなく、勝利したという歓喜もない。戦いが終わったという安堵すらもない。<br>──これは勝利なのだろうか。──これは敗北ではないだろうか。<br>放つべきではなかった矢を放ったことは、やがてはアルジュナが生涯に渡って『悔恨』を抱くことに繋がった。
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:そこに充足感はなく、勝利したという歓喜もない。戦いが終わったという安堵すらもない。
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:己が突き立てた矢に触れることも、首を獲ることもできなかった。ただ茫然と、その華やいだ勝利を受け入れた。
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:──これは勝利なのだろうか。
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:──これは敗北ではないだろうか。
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:──何故、あの時カルナは微笑んだ?
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:その謎を抱えたまま、彼は生を終えた。<br>アルジュナは最後まで英雄として振る舞い、死の瞬間まで英雄であり続けた。華やかな英雄譚は、最後まで華やかに終わったのだ。<br>その後の、すべてを悟った彼もまたアルジュナではあるが──それでも、戦士としての心は終ぞ千々に乱れたまま。
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:放つべきではなかった矢を放ったことは、やがてはアルジュナが生涯に渡って悔恨を抱くことに繋がった。
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:──果たして、太陽を撃ち落としたあの一矢を。
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:──己はもう一度、彼に放てるのだろうか?
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:あの日引いた弓の結末に、“人として”、“戦士として”未練を残すがゆえに──。
 
:あの日引いた弓の結末に、“人として”、“戦士として”未練を残すがゆえに──。
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