*設定では心を許していたという陳宮だが、史実ではその関係は悪化の一途を辿った。陳宮は袁術に通じて呂布に反乱しようとしたことがあり(陳宮は大将で兵も多く抱えていたので不問にされた)、それ以降、曹操に降伏しようとしたのを諌められた時を除いて、呂布は陳宮の進言を聞き入れなくなったのである。結局、呂布は敗れ陳宮ともども捉えられたが、陳宮は曹操に敗因を尋ねられると、呂布を指差し「こいつが自分の言うことを聞かなかったからだ」と吐き捨てている。もっとも、曹操から恭順を薦められても頑なに拒み続けた事で呂布と共に首を斬られているので、内心ではそれほど呂布を嫌っていなかったのだろう。 | *設定では心を許していたという陳宮だが、史実ではその関係は悪化の一途を辿った。陳宮は袁術に通じて呂布に反乱しようとしたことがあり(陳宮は大将で兵も多く抱えていたので不問にされた)、それ以降、曹操に降伏しようとしたのを諌められた時を除いて、呂布は陳宮の進言を聞き入れなくなったのである。結局、呂布は敗れ陳宮ともども捉えられたが、陳宮は曹操に敗因を尋ねられると、呂布を指差し「こいつが自分の言うことを聞かなかったからだ」と吐き捨てている。もっとも、曹操から恭順を薦められても頑なに拒み続けた事で呂布と共に首を斬られているので、内心ではそれほど呂布を嫌っていなかったのだろう。 |