フォーリナー | |
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真名 | 楊貴妃 |
読み | ようきひ |
本名 | 楊玉環(ヤン・ユーファン) |
性別 | 女性 |
身長 | 155cm |
体重 | 45kg |
出典 | 史実 |
地域 | 中国 |
属性 | 混沌・善 |
声優 | 佳村はるか |
デザイン | 黒星紅白 |
レア度 | ☆5 |
初登場作品 | Fate/Grand Order |
概要
- 略歴
- 人物
- 愛嬌あふれる幼なじみの町娘かと思えば、はたまた妖艶で甘えたがりな愛姫まで、ころころと表情が移り変わるフォーリナー。
- 幼なじみ系ハイスペック美少女? 親戚が勝手に応募した国民的美少女コンテストで一躍有名になったものの、本人にはあまり自覚が無いタイプ。歌や踊り、琵琶の演奏が得意。無類の温泉好きでライチ好き。
- 素直で前向き。親しい人々に尽くすことに喜びを感じるがんばり屋。
- 能力
- 炎熱の邪神の力を宿しており、琵琶を奏でると共に強烈な灼熱の嵐が吹き荒れて敵対者を焼き尽くす。
ステータス
クラス | マスター | 筋力 | 耐久 | 敏捷 | 魔力 | 幸運 | 宝具 | クラス別能力 | 保有スキル | 備考 |
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フォーリナー | 主人公 (Grand Order) | D | C | B | A | D | B+ | 領域外の生命:EX 神性:B |
三千寵愛在一身:A 傾国の寵姫:A 妖星の火輪:A |
宝具
- 霓裳羽衣 比翼連理(げいしょううい ひよくれんり)
- ランク:B+
種別:対人/対国宝具
レンジ:1~6
最大捕捉:1人 - 詩魔白居易が、玄宗皇帝と楊貴妃の不滅の愛を詠った漢詩「長恨歌」の一節。
- 「霓裳羽衣」は玄宗が楊貴妃のために作った曲とされ、傾国を象徴する禁忌の曲として疎まれ楽譜も散逸した。
- 楊貴妃は婚前の一時期に出家して女冠となり、道士・羅公遠から術の手ほどきを受けて「太真道士」の号を得た。
- 死後もその魂は蓬莱の仙女となり、最愛の皇帝との再会を待ちわびていると云う。
- 深淵の星は諸人の耳には届かぬ歌をひそかに誦す。
真名:楊貴妃
楊玉環 。大国「唐」を内乱の戦火で燃え上がらせ、王朝滅亡の元凶となった美貌の貴妃。
- 幼い頃からその美貌は悪漢や魔物を惹きつけるトラブルの種であり、彼女自身を引っ込み思案にさせていた。
- しかし両親を亡くし、兄姉と共に路頭に迷った際に身を助けるきっかけとなったのも、またその美貌のおかげだった。
- 以来、人々を幸せにする道具として自己の容姿を積極的に利用し自負を持つようにもなり、三百年に渡る唐の歴史で絶頂期の皇帝玄宗の貴妃となった。
- 「この美は国へ。愛は帝へ。心は血族へと捧げ尽くした。
- されど、この琵琶の音色だけは、歌と舞の喜びだけは私のもの―――」
登場作品と役柄
Fateシリーズ
- Fate/Grand Order
- 『楊貴妃体験クエスト』開催に伴い期間限定サーヴァントとして実装。
人間関係
Fate/Grand Order
- 武則天
- 武則天の孫の玄宗の貴妃となったため、武則天は楊貴妃の義理の祖母と言えなくもないが即地獄案件である。
- アビゲイル・ウィリアムズ
- フォーリナー仲間。幼いながらも先輩風を吹かす様子に、生前のペルシャ系の女の子の友人を思い出したとのこと。
- 葛飾北斎
- フォーリナー仲間。美女の絵を描く為に四六時中つけ回される事になり、ドン引きしている。
- BB (水着)
- それぞれに縁がある神様同士の仲が最悪な為か、カルデアごと燃やそうなどと危険な発言をぶちかましている。......が、当のBBは女神ペレの権能でやけど無効スキルを持っていたりする......
- クレオパトラ
- 同じ世界三大美女に数えられている事から、美についていろいろと教えてもらいたがっている。
- 玉藻の前
- 互いに中国でいろいろ傾国ったためか、余計な事を言うなと脅されており、気を遣っているが逆効果になっている模様。
- 玄奘三蔵
- 自分がいた唐で昔仏教の経典を持ち帰ってくれた偉人なため、その唐を傾国ったことについて申し訳なく思っている。
生前
- 玄宗
- 唐の皇帝で、彼の貴妃になった事で傾国の美女と呼ばれることになる。
- 安禄山
- 唐の将軍で、後に反乱を起こして唐が衰退する大きな要因となった人物。
- 48歳の誕生日の際に「あたかも幼い赤子のように振舞われる」というトンでもプレイを楊貴妃にやらされた。
- 漢民族ではなく、ペルシャ系民族のソグド人であった。
- 李白
- 玄宗皇帝に仕えた詩人。
- 葛飾北斎と同類の、芸術の為なら全てが許されると考えるようなマッド気質の人物だったようである。
- 阿倍仲麻呂
- 遣唐使で唐に渡った日本人で、若くして科挙に合格して玄宗皇帝に仕えた。
名台詞
Fate/Grand Order
メモ
- 正月恒例の新春サーヴァントだが、近年の日本系の傾向を破って中華系サーヴァントとなっている。
- 設定描写などから、彼女と関連するクトゥルフ神話の神格は『クトゥグア』であると推測される。
- 実装されている炎熱使いのサーヴァントでは、太陽の化身をも凌駕する最強の使い手。従来の炎熱使いの炎は何れも赤いが、楊貴妃はより高温の青い炎を使いこなす。
- クトゥグアが住み着くとされるフォーマルハウトは太陽の2倍近い直径と質量を持つ恒星で、表面温度も太陽より高い8300℃余りに達する。太陽以上のスペックを持つ恒星の力を使うのだから、太陽神でも勝てないのも道理である。
- 中国史を代表する「傾国の美女」の一人。中国では「中国四大美人」の一人として「西施」「王昭君」「貂蝉」と共に数えられ、現在までその美しさを謳われる。ただし、彼女の容姿は壁画等の類推から実際は豊満な女性だったとも考えられている。
- 「唐を滅亡に追いやった傾国の美女」の印象を持たれやすいが、彼女の死去は756年、唐が滅びたのは907年と実は150年の開きがあり、彼女が原因で国が滅びたわけではない。彼女の時代に発生した「安史の乱」以降、唐はついに国力も国威も回復は果たせずに衰退し滅亡したが、「中興の祖」と呼ばれる憲宗の時代にはある程度の朝威回復に成功しているため、彼女を滅亡の原因と断言するのは流石に無理がある。実際の唐の滅亡原因は晩唐とも呼ばれる末期の時代に発生した行政の改善を要求する武装闘争と、財政難による塩税の大量増税、そして874年に発生した塩の密売人だった黄巣による「黄巣の乱」で884年には一時的に長安を占領され、中華統一王朝としての機能を喪失。その黄巣を裏切って唐側に付いた武将「朱全忠」に907年に禅譲されて、唐は滅びた。唐の歴史は618年~907年であり、楊貴妃が死去した756年は唐の全体歴史から見て半分にも至っていない年なのである。
- 「安史の乱」の首謀者の安禄山は楊貴妃の死を知って、非常に嘆き、悲しんだと伝えられており、彼が反乱を起こした原因を楊貴妃に求められることもある。
- 彼女自身は政治にはあまり介入していなかったとされており、大規模な贅沢も、他の后妃の迫害もなかった。従って現在では唐を傾ける原因になったのは事実だが、玄宗皇帝や楊国忠ら一族との連帯責任以外は罪に問えないという考え方が一般的とされている。
- また、玄宗皇帝は非常に優れた皇帝で、彼の治世前半期は唐の最盛期でもあり、「開元の治」と呼ばれる優れた政治を行い、歴代中国王朝でも最も安定した時代と後世からも評価される程だった。ちなみに、その時代を支えた人材を見出だしたのが武則天である。しかし、平和の中で徐々に政治に関心を失いつつある時に楊貴妃と出会い、そのまま彼女に惚れ込んでしまった。「朝廷に顔を出さなくなった」と歌われ、楊貴妃の親族「楊国忠」と塞外の胡出身の「安禄山」が皇帝と楊貴妃の寵愛と権力を巡る政争を繰り広げた結果、「安史の乱」が発生してしまった。玄宗皇帝の前半期がなまじ優秀かつ民への労りを示していた人物だけに、その堕落の一因となった楊貴妃の「傾国の美女」イメージを深いものにしている事は否めない。
- ちなみに玄宗皇帝は堕落後も、民への配慮は決して失っておらず、安史の乱で首都陥落が確実となり、蜀へ避難する際には「後から逃げてくる民の為」に、橋を焼き落とすのを諫めたり、首都陥落時に宝物庫を焼き払おうとした部下に「宝物を得られなければ、民に対しての略奪が激しくなる」と制止するなど、良識のある行動を行っている。少なくとも玄宗は楊貴妃との出会いによって「政治的に怠惰となっても、人格的な堕落はしなかった」、楊貴妃によって皇帝が暗君となっても暴君になった訳ではなく、楊貴妃が皇帝の人格に悪影響を与えた訳ではない事を留意する必要がある。
- 「唐を滅亡に追いやった傾国の美女」の印象を持たれやすいが、彼女の死去は756年、唐が滅びたのは907年と実は150年の開きがあり、彼女が原因で国が滅びたわけではない。彼女の時代に発生した「安史の乱」以降、唐はついに国力も国威も回復は果たせずに衰退し滅亡したが、「中興の祖」と呼ばれる憲宗の時代にはある程度の朝威回復に成功しているため、彼女を滅亡の原因と断言するのは流石に無理がある。実際の唐の滅亡原因は晩唐とも呼ばれる末期の時代に発生した行政の改善を要求する武装闘争と、財政難による塩税の大量増税、そして874年に発生した塩の密売人だった黄巣による「黄巣の乱」で884年には一時的に長安を占領され、中華統一王朝としての機能を喪失。その黄巣を裏切って唐側に付いた武将「朱全忠」に907年に禅譲されて、唐は滅びた。唐の歴史は618年~907年であり、楊貴妃が死去した756年は唐の全体歴史から見て半分にも至っていない年なのである。
- 楊貴妃の最後は蜀に避難する最中、追従の兵士たちが自分らをこのような境遇に追い込んだ者達への報復を主張し、その怒りの矛先は安禄山の政敵であった楊氏一族と向けられる。楊貴妃の又従兄で宰相の楊国忠は兵士たちに殺害され、兵士たちは皇帝に楊貴妃を「賊の本」として「死」を要求する。皇帝は彼女を庇おうとしたが、高力士の進言もあり、要求を受け入れる事しかできなかった。楊貴妃は「誰も恨まない」「仏を拝ませて欲しい」と遺言を残し、縊死させられた。彼女の死の直後に南方からの献上のライチが届けられ、皇帝は更に悲しんだとも伝えられる。
- 彼女と玄宗皇帝の悲劇の結末は当時の詩人たちに格好の題材を与えることとなり、様々な唄や詩が生み出されることになる。
- 明代末期の笑い話に、三国志の英傑である張飛と共に登場したものがあり、古典落語『野ざらし』のネタになっている。[注 1]
話題まとめ
脚注
注釈
- ↑ ある男が、野ざらしになっていた骸骨を見つけた。気の毒に思って供養すると、その日の夜、男の家を訪ねる者が居た。「誰だ?」と問うと「妃(フェイ)」と答え、更に「私は楊貴妃です。殺されて以来、誰にも供養されずに野ざらしになっていた所を貴方に供養してもらいました。そのお礼に夜伽をさせて下さい」と答えて男と一晩過ごした。それを聞いて羨ましく思った隣の男は、野原を捜して骸骨を見つけると同じように供養した。すると、その日の夜に男の家の戸を叩く者がいた。「誰だい?」と訪ねると「飛(フェイ)」と答えたので、「楊貴妃か?」と更に訪ねたら「俺は張飛だ」と答えた。仰天して男は「張将軍が、何ゆえお越しで」と訪ねると「殺されてから、まともに供養してもらえず野ざらしになっていた。なので、供養してくれたお礼に夜伽をさせてほしい」......というオチ。なお、『野ざらし』では張飛が石川五右衛門になっていて、(オ)カマと釜茹でを引っ掻けたオチとなっている。
出典